やわらかい心は子どもの心

 

今朝の日曜美術館は、絵本作家の田島征三さんの特集でした。

 

”「いのちのグリグリ」を描く”がテーマでした。

 

「いのちのグリグリ」とは、田島さんが川で魚を手づかみで掴んだ時に魚から伝わる感覚のことなんだそう。

 

 

この番組を観て、私も自分の子どもの頃を思い出しました。

 

 

家の庭で、蝶やとんぼ、バッタなどと遊んだ日々。

 

一人遊びが好きで、空想癖があって、庭の草木で何か実験をしたり、アリの巣を掘り返してみたり、いろんな発見をしながら過ごした日々。

 

 

あの頃の私は、きっと”やわらかい心”で日々を過ごしていたに違いありません。

 

 

それが、”やわらかい心”のままで他者と関わると傷つくことがあるんだと、どこかの成長の過程で学んだ結果、”硬い心”で社会に向き合うようになっていったんだろうなと。

 

 

ヒーリングやクレニオのセッションをしている時は、もちろん”やわらかい心”でさせて頂いています。とてつもなく大きなエネルギーに守られているからでもあります。

 

でも、誰かの言葉にカチンときたり、政治家の心無い発言にむかついたりする時はまだまだあって、そんな時には心がこわばっているのを感じます。

 

 

もうそろそろ、何があっても”やわらかい心”で対処できるようになりたいなと。それには、一番気づきやすい身体の感覚を感じる。首の後ろが緊張していないか、背中が固まっていないか。

 

 

そして、一番大切なことは、本当には傷つく”自分”はどこにもいないことに気づくこと。

 

これは、私もまだまだ探求中なのですが、うっすらと分かってきたこと、それは、自分は大きな気づきの意識であって、身体と心に限定される小さな自我ではないこと。その気づきの意識は決して傷つくこともない、大きな生命の現れなんだということ。

 

これについては、また別の機会に書きたいと思っています。