”やさしさ”には”やさしさ”が返ってくる

 

一気に季節が下ったように寒い朝になりましたね。

 

今年は夏を楽しむ前に終わってしまったように感じられて、なんだか寂しいような気持になっていたところ、ちょっとホッとするような番組に出会えました。NHKのEテレ(昔の教育テレビですね)のハートネットTVで、社会活動家の湯浅誠さんが「社会は意外とやさしくなっている」と語っておられたんです。このコロナ禍で感じられたことだそうです。

 

私にはちょっと意外な答えでした。

コロナ禍の中で、医療従事者に対する心無いバッシングや、陽性患者さんへの誹謗中傷が、ネット上にあふれていたからです。

 

地方に住んでいる友人からも「陽性になったらその場所で暮らしていけないから、引っ越す人が多いみたいよ」と言う話を聞いていましたし、コロナそのものよりも、周囲の目が怖い時代なんだなあ…と感じていたのもありました。

 

でも、湯浅さんは、リーマンショック後で大量に派遣切りがあった時に年越し派遣村で”村長”として活躍されるなど30年に渡って貧困問題に取り組んで来られた専門家。そんな方が「10年前と比べて社会がやさしくなってきた」とおっしゃるのですから間違いありません。

 

 

「“やさしさ”に対して“やさしく”なったという感じがします。今回のコロナ危機で数多くの方たちが、自分のできることを、より大変な人たちに向けてやろうとしている。このありようは、やさしさに対してやさしくなったなと思う。そこは隔世の感がありますね」というお言葉には、よかった、この国もまだまだ大丈夫だなという希望が見えてきます。

 

けれど、このコロナ禍で自己責任論を叫ぶ声も一方ではあり、二極化してきているともおっしゃっていて、じゃあどうすればいいのかという問いへの答えに大きなヒントがありました。

 

それは、他者と”目線を合わせる”こと。

 

一瞬、話す時に視線を合わせるのかな?と思いきや、そうではなくて、湯浅さんはかつて”便所の窓から世界を見ていた”そうです。

「言ってみれば、私は便所の窓から日本社会を見てきました。しかし、3階の東側の窓から日本社会を見ている人もいるし、屋上から日本社会を見ている人もいる。そういう人たちに、『みんな便所に来い』と言うだけではなく、私が3階の東側、屋上に出向いて同じ景色を見て、『きれいな景色ですね。ところで別の景色もありますけど見に来ます?』と言ったほうが、多くの人が見に来てもらえるのではないか。今必要なことは、分断に乗って誰かを叩くことではなく、なるべく目線を合わせていくこと。ただでさえバラバラになりかねない世界状況、日本の状況では、より多くの人たちが目線を合わせることに力を使うべきだと思います」

 

なるほどと思いました。誰かの発言に憤って批判するより、その相手の目線になってみる。

 

そう言えば、ダライ・ラマ法王も「誰もが幸せを望んでいるという点においては同じ」という立場から対話を始めるという趣旨のことをおっしゃっていたし、アーノルド・ミンデル博士のプロセスワークも嫌な相手のエネルギーを感じてそのエネルギーになってみると自分の中にもそのエネルギーがあることが分かるので、皆さん表現は違えど同じことをおっしゃっていたのだなあ…と改めて感じました。

 

そして、もう一つ重要なことは、湯浅さんがある時を境に一切の批判をやめたこと。相手が政府であっても。

 

私は、ヒーリングセッションや講座、瞑想を行っている時は、すべてが愛でどんな人でも神様に許されている気持ちに100%なっているのですが、ちっぽけな”上条さゆり”に戻った時にとんでもないニュースを見た時などは、それこそ口の悪い批判者がむくむくと頭をもたげてくるのを感じます。でも、結局は批判は何も生まないんですよね…分断しか。これからは、批判したくなる時は目線を合わせてみる、相手のエネルギーになってみる、それを徹底してやってみたいと思います。するとどうなるか、どんな結果になるか。

 

番組では、湯浅さんが年越し派遣村の村長だった時の映像が流れていました。当時はずっと怒っていらしたそうでピリピリしたエネルギーが感じられましたが、今は優しくて穏やかなお顔つき。それが、湯浅さんの変化を如実に表しているなあと。”やさしさ”には”やさしさ”が返ってくる。これからは、どんな時でもそれを実践して行こうと強く思いました。