至高体験とワンネス体験の違い

 

前回のブログのタイトルは、当初は「ワンネス体験の後で起こること」としていましたが、私が一番参考にしている非二元のティーチャーであるアジャシャンティの著書「禅 空を生きる」を読んでいましたら、「『分離の無い自己』とは完全に解き放たれた存在です。それは『私は自己を無限に、いたるところに拡大してすべてと溶け合った』というスピリチュアルな体験ではありません。それは分離した自己にとってすばらしく美しい体験ですが、ワンネスではないのです」「ワンネスとは他者がいない世界であり、『これしかない』という世界です。つまり主体と客体のない世界であり、それがすべてなのです」という記述がありました

 

この記述に照らし合わせてみれば、私の体験ではまだ「私」という「分離した自己」が残っているので、ワンネスの体験ではなくスピリチュアルな至高体験になると思います。

 

ですので、前回のブログはタイトルと本文を数か所訂正させて頂きました。前回の記事を参考にしてくださった方には、混乱させてしまうことになり、申し訳ありませんでしたm(__)m

 

先日、友人達とスピリチュアルな体験について話し合っていたところ、「自分がいない」という体験をした人がいました。朝起きてみたら、自分という感覚が全くなく、自分を知っているかどうかをお友達に電話して確認をしなければならなかったのだそう。恐らく、それこそが「ワンネス体験」なのだと思います。

 

 

その後、私も興味深い体験をしました。

 

夜中にふと目覚めて、部屋を見渡してみると、その見ている眼がいつもの自分とは違う感覚がありました。「すべて愛よね~」と分かった至高体験の時も、いつもの自分とは違う感覚だったのですが、それでも”私”という感覚はありました。

 

ところが、その時は自分と周りの家具や置物までが”自分”という感覚だったのです。”すべてが愛”と感じられるような、ハートが高揚して涙が溢れるような劇的な感じでは無かったのですが、平和で安らかで”すべてがあるがままで完璧”と感じられ、いつもの自分よりも何か大きな意識が私の目を通して見ているような感覚で、何より自分と周りのものとを分け隔てる感覚が無かったのにはびっくりしました。

 

きっと、これがワンネス体験というものなのかなあと思います。どなたかのご参考になりましたら幸いです。

 

もちろん、こういう体験をすると魂のレベルが上がるとか、そんなことは全くなく、いつもの普通の日常が続いていくだけですね(^-^;  それでも、人によっては物の見方に大きな影響はあるでしょうし、人間って本当は何なんだろう?という探求に入られる方もいらっしゃるかもしれません。そんな方達が探求するお手伝いが出来ればいいなあ…と、来年またバージョンアップした「チャクラとエネルギーを感じる講座」の構想を練り始めています。

 

ご興味を持って下さった方は、ご希望やご意見など参考にさせて頂きたいですので、ぜひこちらからご連絡くださいね。心より、お待ちしております。