”自分以外の誰か”にはなれないから

 

暖かくなったり、また寒さが戻ってきたりと気候が行ったり来たりしていますが、自然界では確実に季節が進んでいますね(*^^*)

 

近所の公園では、梅が見どころを迎えています。

 

 

私、この地に引っ越してくるまで、こんなにじっくり梅を眺めてみたことがありませんでした。

 

桜を見るのは、わざわざ大阪の造幣局の通り抜けなどいろんな場所に出かけていったりしていたのですが、梅は本当に初めてで、桜とはまた違った深みのある美しい色合いを楽しんでいます。

 

 

今日、その梅をしげしげと眺めながら、ふと「梅は桜みたいに大勢の人に愛でてもらえなくても、不満なんてないんだろうな~」という思いが上がってきました。

 

梅には感情なんてないでしょうから、当たり前と言えば当たり前なのですが、もしも梅が人間だったなら、桜に対して嫉妬したり、桜と比べて地味な自分を卑下したり、一生懸命桜のようになろうとしたりしたかもしれないですね。

 

私も、学生の頃はキラキラした女子学生グループと比べて変わっている自分にものすごく落ち込んだり、大人になってからは繊細で傷つきやすい自分が嫌で、「ターミネーター」のヒロイン、サラ・コナーのように強くてたくましい女性になろうとしたこともありました(^^;)

 

でも、結局、自分は”自分以外の誰か”にはなれないんですよね…

 

そして、それは悲観することでも何でもなくて、たとえば私の場合は、他人と変わっていなければスピリチュアルに興味を持たなかったかもしれないし、繊細でなければエネルギーヒーリングの道には入っていなかったでしょうし、内向的でなければ人間の心理について深く学ぼうなんて思いもしなかったでしょう。つまり、今の自分はなかったはず。

 

 

この記事を読んでくださっている方の中にも、誰かと比べて「私はイケてないし…」とか今の自分が好きになれない方がいらっしゃるかもしれませんが、誰かと比べるなと言われても無理と思うので、やるなら徹底的に比較してみると、きっと一つぐらいは「これは私、他人よりすごいかも」と言えるものが見つかると思うんですね。この分野に関しては他人より詳しいとか、他人より数多く集めてるものがあるとか、人に褒められる長所があるとか。それをとことん伸ばす方向に行ってみるのはいかがでしょうか?

 

そうしてやっているうちに、人の役に立ったり、「すごいね!」って褒められたり認められたりすることもあるかもしれません。そうすると、だんだん自分に自信が出てきて、他人と比べて落ち込むことがあったとしても、もう”自分以外の誰か”になりたいなんて思わなくなるでしょう。その先に”ありのままの私でいい”、”この私が好き”という2チャクラの健全な自己愛に繋がっていくのです。